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Question

不登校親を卒業しました

Q-No.010591
2017/01/16 01:50
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ここへ来ると、何か皆さんに伝えたいと言う気持ちが抑えられなくて書きます。以前、不登校だった娘の父親です。娘は中高一貫校の中2年の時に不登校になり、一度は復帰し高校に進学するも高1の2学期に再度不登校になり、その後、休学を経て退学となりました。その間、皆さんと同じように悩み苦しみました。一度復帰し、再発不登校というのは、心底こたえます。奈落の下に突き落とされた感、満載です。子供が不登校という状態は、私たち家族にとって、常に何か重いものを背負っている感じで、将来のことへの不安や、現状の情けなさ、自分自身に落ち度はなかったかとか、あの時こうしていればなどの後悔の念や、娘の日常への腹立ちなど、あらゆることが、もやもやしており、また、誰にでも相談できる内容でもないことから、心の底から笑えない日常が6~7年続いたことになります。その間も娘をなだめたりすかしたり、対話したり、日常の変化にやきもきしたり、時には無理やり学校に連れて行ったり、カウンセラーや精神科まで活用したり、復帰を目指してあらゆることを試みました。しかし、そのかいもなく一度も復帰することなく高校を退学。退学届けを出しに学校に行ったときは、本当に悲しい気持ちで校長先生とお話したのが思いだされます。予備校に通ったり家庭教師をつけたり、何とか高校中退(中卒)だけは避けたいと高認を取得し大学受験は2回チャレンジさせました。が、いずれも失敗。2回目の受験失敗以降は仕方なく?現状を受け入れながらも、何とか再受験してくれないかと考えてた時、娘から「学校は嫌い、だから働く」と家を出て住み込みで働きに行ってしまったのは、今から3年前です。私たち夫婦も、かなり現状を受け入れるようになっていました。(疲れていたのもありますし、仕方ないという気持ちも強かったと思います)しかし、そこが娘の人生の転機となりました。今まで自分の知らない世界に入り、何か脳がスパークしたのでしょうか?その後、今までに心の闇が晴れたように、見違えるように元気になりました。学校に行かなきゃという重荷が心底消えた瞬間、自分の人生を考えるようになったようです。年齢からくる成長もあったのでしょうか。バイト先で調理の仕事を覚え、その後、家に帰ってきてレストランでしっかり働きながら、調理師の免許を取得するとか勉強していました。私たち夫婦も、娘は職業人として育っていけばよいと思っていたところです。ところが、たまたま、バイト先が閉店することになったとき「どこかほかの働き口探すの?」と聞くと、予想だにしなかった返事がありました。「大学にに行って管理栄養士の資格を取る」と言い出し、社会人入試ではなく、あえて一般入試にチャレンジし、あれよあれよという間に合格。あれはど行くのが嫌だった学校に、今まさに自分から通っています。遅い遅い大学生活。何しろ同級生はみんな大学を卒業している年で、4回生の先輩でも年下なんだもんね。そんな学生生活を楽しみながら、毎日、頑張って課題や勉強をしています。調理師の免許も取得し、学校の勉強も一日も休むことなく、前期は大学側から褒められるような成績を収めるまでになりました。もちろん浪人時代目指していた学校より、そら偏差値でいうと15くらい下の学校ですが、そんなことはどうでもよくて、前向きに生きていることが心底うれしいです。今の大学は社会人に門戸を開き、むしろ社会人からの方が入学しやすいことも初めて知りましたが・・・。下宿をすることになり、娘から「どうしよもない状態でいた自分を、最後まで見捨てないでくれてありがとう」と言って、新しい生活に胸弾ませて出て行ったときは、さすがに涙がちょちょぎれましたね。
今更ながらですが、色々な生き方がある。色々なコースがある。例えば、大阪から東京へ行くのも新幹線もあるし飛行機もある、在来線乗り継ぎでも行ける。車まで高速で行くことある。途中の駅で下車してしばらく滞在してもよい。そういうことですね。私たちは、新幹線に乗らせようとばかり考えていたんですよ。娘に他の行き方もあると教えてもらったようでした。恐らく、また、就活の時に、壁にぶつかることもあるでしょう。でも娘からは「何してでも食べていける。私は、もう昔の私ではない。食堂のおばちゃんもできるもん」と言葉を聞いて、少し安心しています。今、戦っている皆さんにとって、日々の対応をどうしたらよいのかと思っておられることと思います。でも、とにかく、子供は成長する、親としてできることはしてやる、絶対に見放さない、いつかは何とかなると信じてあげてください。長い文章ですみません。



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Answer

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A-No.026632
2017/01/19 07:40
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 はやたさん、初めまして。
はやたさんの投稿を毎日繰り返し読ませていただいています。
うちの息子は今、時が止まってしまったように家にいます。
親である私達も、もうどうしてよいのかわからず毎日が苦しくてなりません。
そんな中、はやたさんの投稿を読ませていただきました。
涙が止まりませんでした。うちの子もいつか自分の力で動き出して欲しい。心からそう思いました。

はやたさん、これからも時々コメント載せて頂けると嬉しいです。またお話聞かせてください。

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お礼 コメントありがとうございます。初めて子供が不登校になったとき、驚きとなんで?と気持ちと、一日も早くと焦る気持ちなど、わけがわからなくなりました。最初は優しく、どうしたの?とか理由を聞くことから始まり、いろんなことを試しました。やはり、親としては子供の将来のことばかり気になって、そのうち、無理やり厳しい対応をしてみたり、書籍に書いてあることとかを次から次へと試してしまいました。そういう行為は、決して無駄なことだったとは思いませんが、うちの場合は、結果的になが~いことかかってしまいました。それは、恐らく人によってそれぞれで、うまく行く場合もあるし、その時良くても、後々また、不登校になってしまうこともあるでしょう。千差万別、子供によって違いますし、周囲の環境やにもよるでしょうし、マニュアル通りにはまいりません。ただ、一つ言えるのは、時間が解決することもあるということでしょうか。本人が浄化する時間も必要だと思いますし生物的な成長は必ずあるということ。そして、親も一緒に戦う(ドンパチする意味ではありません)。戦うというのはたいそうな表現かもしれせんが、一緒に、悩み、見守り、必要な時に対応する、我慢、忍耐だということでしょうか。偉そうなことを言ってすみません。でも、親自身がつぶれてしまってはどうしようもありません。自身の心身の健康には十分気を付けつつ、信じて待ってあげてください。



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A-No.026624
2017/01/18 22:11
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はやたさん、
初めまして、大変明るくなるお話をありがとうございます。私も息子を信じて、しかし楽観視しないで見守っていきたいと思います。四月からは通信高校の週五日通うコースに入学なんです。今週に二回しか適応教室に通ってないのに、四月から大丈夫?って不安ですが、息子が決めたことをまずは信じたいと思います。はやたさん、長い戦いを赤裸々に教えてくださりありがとうございました。すごく参考になりました。
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お礼 コメントありがとうございます。息子さんも新たなスタートですね。親はやきもき、転ばぬ先の杖を用意しがちですが、既に親も一緒に転んでるって!ぜひ、自然体で接してあげてください。新しい仲間ができると良いですね。同じ境遇の友達と接することで、何か、違ったシーンが生まれることをお祈りしております。うちの子も、住み込みバイト(いわゆる大自然の中のペンションみたいなところ)で色んな世代の人たちと出会い、環境が変わることによって、もやもやが吹っ飛んだようです。



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A-No.026620
2017/01/18 13:25
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良かったですね!
私自身、すごく励まされました。

いつしか子どもにとって、良い他人さまとの出会いがあるといいな。って、
改めて思いました。し、願いたくなりました。

今が永遠に続くわけではない。
今があってこそ、いつの日か心から笑顔になれる日がやってくる。
そんな気持ちになれました。
私もいつかは、はやたさんのような投稿をしたいと思います。

はやたさん。はやたさんのご家族さま。
長い間、お疲れさまでした。
幸せにお暮らし下さいませ。
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お礼 コメントありがとうございます。あのつらかった日々もだいぶ細かいところは、徐々に記憶から消えていきました。赤ちゃんの時から、カメラが趣味だったので、たくさんの写真アルバムがありますが、中学~高校の不登校の期間は、ほとんど娘の写真はありません。でも、その期間は、まさに家族の歴史です。アルバムの写真は無いですが、家族の歴史には深く刻み込まれています。でも、今では笑い話になっています。今は、新しい写真が増えました。



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A-No.026615
2017/01/17 19:48
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はやた様
泣きながら読ませていただきました。お嬢様の生きていく力に感動しました。そしてはやた様の親としてのその時々の気持ちに、とても共感しました。
うちには不登校になり高認を取り先日のセンター試験を無事受けた子どもがいます。
何とかここまで来ましたが、これから順調に進学できるのだろうか?という不安があります。
ちゃんと自分の力で生きていってほしいです。
うちも成長できるでしょうか いつかは何とかなる!と自信を持てない親ですが、はやた様のメッセージを信じたいです。
上手く書けませんが、本当によかったですね そしてメッセージありがとうございました。
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お礼 コメントどうもありがとうございます。センター試験、雪の中、大変でしたね。よい結果がでることをお祈りいたします。うちの場合は2回もセンターを受け、良い結果は出ませんでしたが、それはそれで、経験としてよかったと思っています。受かってたら受かってたで、また、違う展開もあったかもしれません。ただ、あまり、受験勉強をしていなかったこともあったので、そんなに甘くないとは思っていました。何か目指して、準備するということが、既に復活ののろしを上げていると思うようにして、色々、本人的には本意ではなかったようでしたが、とりあえず、受験はしたので、その過程は、マイナスにはならんだろうと思っていました。昨年、大学に受かったのも、そもそも受験しようと思ったのも、たぶん、その時の経験があったからだと思います。とにかく、あがき、苦しんだので今があると思います。ただ、うちの場合は、大学はおまけと思っていまして、「受験したい」と自分から言い出したことに、びっくりして、そちらの方がうれしかったくらいです。もう、働きにいっていた段階で、まぁ、若いので、これからの人生で、勉強や学歴について、自分で何とかしなきゃと思ったら、資格試験でも、専門学校でも何でもやればよいという程度で思っていました。でも、普通に行けたらそれは、とてもHappyなことです。みやさんのお子様に栄光あれ。これからも支えていってあげてください。



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A-No.026612
2017/01/17 15:13
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初めまして。
ハヤタ様の書き込をみてとても希望がもてました。うちは中3の時に不登校になり、現在高1の娘が学校辞めたい、頑張るを繰り返し、3学期に入ると朝起きることができなくなってきました。
もう私も体調崩してしまい、もう八方ふさがりの状態です。
私はどこかで、普通のレールの上に乗せようとしすぎてしまったのかもしれません。そして、娘ももう窮屈で、心も身体も悲鳴をあげ、朝起きれない状態になってしまったのかもしれません。
今は高卒認定があるときくのですが、実際はどうなんだろうと不安に思っていましたが、ハヤタ様の書き込をみてすごく安心しました。
高卒認定について興味があります。お話聞かせていただくことはできますでしょうか?
よろしくお願いいたします。
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お礼 コメントありがとうございます。頑張る、辞めたいは、周期的にあるとよく聞きますね、中には親の気持ちを考えて不本意ながら頑張るという場合もあるようです。後日談ですが、うちは完全に、復活する気ゼロだったそうですが、親がうるさく言うので、そういわされていたようなことを後々ききました。でも、だましだましでも、続けるだけ続けられたら、何かのきっかけで、学校に行きたくなる、或いは我慢できることもありうるので、可能性は簡単につぶさないほうが良いかもしれないと思います。もちろん、子供さんの苦しさによるのかもしれません。人生は色々ですが、辞めなくて済むのなら、それが一番、精神衛生上は良いですね。だめでも、それはそれで受け入れざるを得ないのですが、結構、めんどくさい生き方ですよね。親としては、なんでそんなしんどい生き方をするのかな?と思ってしまいます。でも、子供は、学校に残るほうがつらいのかもしれません。高認は、実は休学中の高校には内緒で休学中に本人の意向で取りました。(もう復帰する気がなかったからだと推察しています)。16歳?(記憶があいまいなので調べてください)になったら受験できるのではなかったと思います。ただし合格しても、認定がもらえるのは、現役受験生と同じ年齢になってからです。試験は年に2回、全科目受験ということになりますが、科目ごとに合否がでるので、1回、何科目を合格できれば、次回の高認試験ではその科目は免除されるということです。うちの娘は中学は2年間しか行っていませんし、高校は1学期しか行っていなかったので、私も不安でしたが、それほど難しいものではなかったと聞いております。高校1年の担任の先生からも、1年2学期の不登校中、今受験しても受かるかもしれないと言われました、過去問を何度か勉強した程度でしたが、試験2か月くらい前に家庭教師に週2で各2時間程度、来てもらったと思います。理科とかは、教えてもらわないと、独学でもちょっとしんどいような気がしましたので。(お金かかります~)中学受験をしていたので、受験勉強には慣れていたのかもしれません。でも、いろんな方法は、お子様と一緒に考えて、どうするかは、お子様の意向に沿うように持っていかれたほうが良いと思います。親のできることは、情報を与え、自分で選択をさせるほうが良いのかなとも思いました。ご健闘をお祈りいたします。



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A-No.026608
2017/01/17 09:34
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息子が不登校になって、こちらのサイトでお世話になりだした頃から、はやたさんの投稿を興味深く読んでいました。

この場から離れつつある方々の『その後』が知りたいとずっと思っていました。

今回の投稿のお話、とても心にストンと落ち、心のもやがすーっととれた気がします。

私の場合、息子に対してより、母親として『これでいいのか』と答えも出ないことを考えているような日々です。読ませていただいて『これでいいのかも』と思えました。

私自身、うつ状態で一時は何も楽しめなくなりました。少しずつ回復してきて、習い事を始めたり、ランチや飲み会に出られるようになりました。でも確かに不登校を経験する前のように『心の底から笑う』ことはありません。なんと言うか、気分のいい感情と、少し憂鬱な感情がマーブル状になったような複雑さ。
いろんなことが同時進行しているから当たり前ですよね。

でも今は、すぐそばにある感謝や幸せに一つでもたくさん気づけるように、嫌なことに引っ張られ過ぎないよう意識して過ごしています。

今回のはやたさんの投稿、そしてコメントされた他の方々の内容もとても心に響きました。

また心の整理がつきにくいとき、はやたさんの投稿を読みにきます。

素敵な投稿、ありがとうございました。
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お礼 コメントありがとうございます。そんなかっこの良い話ではなかったのですが、やはり不登校の子供を抱える親としては、復活した人の話や不登校をしていた子供がその後、どんな人生を歩むのかとか、色々、知りたいと思われると考え(自分もそうでしたので)書き込むことをしました。不登校だった娘からも元気になってから言われたのですが、途中から娘の色々なことが日常になってしまい、あまりうるさく干渉しなくなったと。嫁はフルタイムの仕事を持っていますし、自分の親も弱ってきて介護などもありながら、ピアノを習いに行くなど、気分転換をし、家では娘にもピアノを演奏したりしていました。すると、一人ぼっちで日中、家にいる娘は、昼間はピアノを弾いたりしていたようです。これは、娘にとっては良い感じだったみたいです。毎日、練習すると、少し上達する。ということを体験したことが、少しだけ元気の源になったようです。夜、娘にピアノを聞かせてもらったりして「うまなったなぁ~」とかおだてていました。私は、仕事が忙しくなり、自分のことで精いっぱいな感じで接するようになったので、逆に娘は楽になったそうです。下の子の受験もあったりしたので、物理的にあまり、娘にうるさくかかわらなくなったこともありましたが、その当時は、自分たちが自分の人生を大切に元気に生きて行こうと嫁とも話して、そういうことを実践していたと思います。やはり、両親が元気で人生を頑張って生きている姿を見せるのも大切かなぁとも思ったりします。どうか、ご自分の人生も大切にしてほしいと思います。子供はいつかは巣立ちます。まだまだ、あなたの人生もこれからですので、子供は子供でサポートしつつも、自分の人生も大事にしましょうよ。



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A-No.026605
2017/01/17 00:28
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はやたさん
はじめてまして。とても励みになるお話をありがとうございます。

そして、卒業おめでとうございます。現役バリバリの不登校親としては、はやたさんのような卒業に憧れ、今の娘でいいんだ❗大丈夫と思えました。娘は現在中2です。1年11月頃から不登校で現在に至ります。娘の不登校は、今の娘にとっては必要な時間と受け入れるまで、お互い葛藤がありました。それでも今の状況を受け入れることが、後々娘にとって不利な足かせとなってしまうのでは…と不安になることが何度もあります。

ですが、はやたさんの娘さんのように本人の意思と、ご両親からの安心感と愛情がたまれば自信と勇気となり目標に向かって進んでいけるのですね。

はやたさんの新幹線の喩えが、物凄くわかりました。私は、娘を新幹線、もしくは飛行機に無理矢理乗せようとしていました。短時間に合理的に目的地に到着し、それから、ゆっくり過ごせばいいと…。でも、生き方は人それぞれ。
今は、全身全霊で乗車拒否してくれたことにむしろ感謝しなくてはと思います。
無理矢理乗せていたら、飛び下りていたかもしれません。私も娘のおかげで、自分とは違った乗り物からの景色を教えて貰っている最中です。先行きが見えず不安な時もありますが、この先には、自分の力で進んでいる、はやたさんの娘さんの後ろ姿があるような気がして、進んでいくのがウキウキしてきました。うちの娘もやりたい事と出会える未来があると信じて見守っていこうと思います。

はやたさんと娘さんの辛い経験も、希望に変わるように、うちもなれたらいいな。と思います。パワーをいただきましたよー❗
ありがとうございましたd=(^o^)=b
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お礼 コメントありがとうございます。不安は常に付きまといますよね。でも、下の子を見ていると感じることがあります。娘と違い下の子は学校が大好きで、すごく楽しい高校生活を送り、クラブも勉強も存分にして希望の大学に入り、学生生活を送っています。しかし、いくら、良い大学に入っても、就職で挫折したり、企業や役所に入ってもメンタルになって退職する人も多いです。大人になってからの挫折の方が傷口は大きそうで、立ち直るのにも大変だろうと思います。ですから、何ら挫折のない人生を現在送っている子を見ても親は心配するのです。結局、親はどんな子供にも振り回され心配させられるものなんだなと思います。新幹線の例で言うと東京駅で迷子になるとか、品川で途中下車してしまうとか、考えたらきりがありません。で、思うのは、東京に行かなくてもいいじゃん。静岡が気に入ったら、静岡に住んだらというように。なんか、そんな心境です。これからも親は親ですが、自分自身の人生を全うしようと思っています。私自身は、できれば、東京と言わず、北海道くらいまで行ってみたいなと。



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A-No.026604
2017/01/16 23:10
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はやたさん、初めまして。
お話を読んで、涙が出ました。
色んな悲しい経験があって
、そのときは親は必死で、良いのか、悪いのか分からず、私もカウンセリング受けさせたり、学校行かそうとしたり、それで息子を逆に辛い思いをさせてしまっていたり‥‥
うちは、息子が2人とも不登校でしたし、下は今もです。。上の子は転学し、それでも自分なりに学校に通い、一日中勉強しているようになりました。居場所が出来たとき、人間は頑張る力を発揮するんだなあと思いました。下の子も、上の子と同じ高校に入学する予定です。初めは何も聞き入れなければ、うるさい、ウザイ、消えろから始まった不登校。不登校の理由も分からず、1週間前まで学校行ってたのに‥。
それからあっという間の1年半。中3の今です。
息子は、今の学校に面白みもなく、勉強や、学校のあり方システムや、先生達の授業のやり方‥偉そうに聞こえるかも知れませんが、意味がないというか、面白くない、ずっと合わせてきてたけれど、疲れてしまったようでした。それは、最近分かったことなのですが。
上の子のことがあり、極力
あーしろこーしろとは言わず、あくまで自発的に息子が何かすること、ちょっとしたことでも、待ちました。ご飯も食べなかったので‥‥。
それだけは心配でしたから、部屋にでも持って行きました。それは今も。でも、部屋に入れなかった頃から、今は部屋でたまに一緒に食べてもいい?と聞けば、別にといって、許してくれるときもあります。
不登校だからといって、成長が止まって居るわけではなく、心は生き物なので、色んな事を感じ、考えて来たのだと思います。でも、一人でずっといると、色んな事を考えるので、疲れてしまうし、半ば脳が脳を守るために、日中、眠くなってたのかなあと、今は思います。今も昼夜逆転します

暴言吐くときもあります。その度に一喜一憂します。
辛いし、心配。
これから高校ちゃんと行くかなあ?と言うのが、本当の心配です。

上の子は、「大丈夫だって。」と、言ってくれますが。。
何とも情けない親で、心配ばかりしています。

上の子もこれから迎える進学で不安で堪らないようです。でも、頑張ってほしいです。娘さんみたいに、笑って自分を振り返り、新しい道へ突進していける、そんなチャンスが息子達にもありますようにと、願います。ここに来られれるまで
、幾多の困難がおありになったでしょうから、だから
、今があるんですよね。

私も、どんと構えていたいなあと思います
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お礼 コメントありがとうございます。本当に心配で心配で、不安で押しつぶされそうになり、消えてしまいたいと思う日々もありました。お気持ちお察しします。私はおっさんですが、性格がおばんなので、受験の前などは「わすれもんないか?」「風邪ひいてないか?」「りんご食べ」とか言って、娘から「女子か!?」とウザガられたもんです。最後は子供が自分でチャレンジし切り開くしかなく、親はそれをサポートするしかないのですね。あくまで、悟りの境地で言うと、子供への愛情とかサポートはできる限りはしましたが、最後の方は、自分が恥ずかしくない生き方をしよう。自分の人生を家族とともに楽しもうと割り切りました。色んな生き方があることも受け入れることができたので、そうなったら、良い人生を送ろうじゃありませんか。元気出して、前向いて生きましょうよ。



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A-No.026603
2017/01/16 20:12
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はやたさん、はじめまして。ココロと申します。
うちの娘は専門学校を数ヶ月でやめてしまい、部屋にこもったり、帰って来なかったり、リストカット私も本当に悩みました。バイトまでやめてしまって、家を出て1人でやってみると出て行ったのは去年の春。バイトの面接も全然受からず決まっても1月続けばいいほうです。金銭的にも何とかサポートして来ましたが私ももう限界。もう家賃払えず追い出されたら帰って来るしかないし!って開き直りました(^^)
はやたさんの娘さんみたいに成長してくれたらどれだけ嬉しいか(T_T)
今は奇跡を願って見守る事しか出来ませんが……いつの日か私も昔話にできる日が来ると信じて……
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お礼 コメントありがとうございます。私の話は、今だから言える話ですよね。不登校の期間は、本当に「戦い」という感じでした。詳しくは書いてませんが、バトルもありましたし、朝まで帰らなかったこともあります。無理やり行動をして、しばらく口を利かなかったこともありました。不登校の対応って100人いれば100通りなんだろうと思いました。色んな本に書いてあることを実践もしてみましたが、その方法が合うか合わないかです。厳しくやって短期間で立ち直る人もいれば、長い期間、かかる場合もあるようです。色んな状況を「受け入れる」ということがスタートのような気がしました。人間、ずっと思い悩むのには親も子も限界があって、だんだん自然体になるような感じがしました。不登校期間後半は、単なる同居人(但し、喧嘩をしているわけでなく、会話も普通にして、扶養はしている状態)として生活をしていました。何度かここにも書きましたが、生物的な成長というのはあるので、見守ってあげてください。親は子供の人生だけでなく、自分の人生を精いっぱい生きましょうよ。



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A-No.026602
2017/01/16 18:58
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今日、はやたさんの投稿に巡り会えたのは最近の私の中では最高にラッキーでした。心の底から笑えないという日常はまさに今の私の日常です。「何してでも食べていける」という、お子さんの言葉で、学校に行くことをゴールにしない、生きていく力をどうやってつけるかをゴールにしよう、と腹をくくったことを再認識させていただくことが出来ました。子供は成長する、親としてできることはしてやる、絶対に見放さない、いつかは何とかなる信じることを実践していきたいと思います。本当にありがとうございました。
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お礼 そんなに喜んでいただいて恐縮です。生きる力をつけるというのが、頭ではわかっていたのですが、その力を得る方法をどこかで強いていたような気がします。復学し、普通の人?のように、学校を出て、就職してみたいなルートを望んでいたのかなと思います。実は、本当に心から、「生きる力」を実感したのが、受験を放棄し家を出て住み込みで働きに行くことを決めた時だったと思います。自分で計画を立て、住み込み先を決め、資金も調達し、飛行機の切符まで勝手に手配し、「いついつから行く」と宣言されたときです。あの時、反対もせず、一人で知らない土地に行くのなら、銀行口座を作れとか身分証明書代わりに原付の免許をとれとか、きわめて現実的なアドバイスをした妻に脱帽でしたね。女性の方が受け入れは現実主義者です。まだ、人生は始まったばかりで、トータルでよかったらいいよねと思うようにしてます。



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A-No.026597
2017/01/16 13:36
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はやたさん、娘さんの嬉しい変化、成長を知らせてくれてありがとうございました。勇気を貰いました。

我が子は中学生。先日カウンセラーと話し合い、元々本人は3回行っただけのカウンセリングでしたが、親の相談も休止になりました。春には通信制高校に入学予定。本人が決めました。
家族に何が出来るのか、まだ模索中ですが、はやたさんの話をきいて、方向性は間違っていないと思えました。

長い人生、私達大人は社会の荒波をうまく乗る方法を子供に教えたくなりますが、先回りせず、本人が泳いで自分で獲得するしかないんですよね。
思春期はある意味親にとっても正念場ですが、子供達が自分で泳いで渡る姿を見守りたいと思います。

私はまだ暫く、このサイトの皆さんと支え合っていきます。ありがとうございました。
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お礼 コメントありがとうございます。親はどうしても、子供に安全な道を歩んでもらいたいと思うのは、そのとおりです。だからこそ、安定した道をサポートしたくなるのですが、子供がそのルートを拒絶したら、無理やりルートに乗せるか、別のルートを話し合って、サポートするかしかないんですね。私たちは、自分たちの思うルートに乗せることができなかったのは事実です。でも、今はそれもありかなとやっと思えるようになりました。結果的に、そう思えるのは、親として、うまく導くことができませんでしたが、当時、やれることはやったよねと妻と話しています。この親不孝娘のおかげで、妻とは同志のような期間を過ごすことができました。まぁ、なんでも、良いように解釈するようにしたいと思ってます。これは間違い、これがダメというのは、心持ち次第なのかもしれませんね。そこまで、さとるには年季がいりますね。



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A-No.026596
2017/01/16 09:54
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はやたさん。感動しました!読んでて涙が。

今うちは心から笑えてない日常が2年続いています。
最近は私もだいぶ慣れていましたがまだまだです。

うちがはやたさんのお家のようになれるとは思っていませんが、前向きに生きていることが心底嬉しいという気持ちがとても伝わってきましたし、本当にそれだけでいいのだと私も思います。

素晴らしく心が元気になれる投稿ありがとうございます!
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お礼 コメントありがとうございます。笑えない毎日は、本当につらく苦しいとお察しいたします。学歴や学校の呪縛からなかなか解けなかったり、マイノリティーな生き方を恥ずかしいと思ってしまった時期もありましたが、学校に行く行かないより、あの沈んだ苦しい顔を見るほうがもっとつらいことだと思います。私たちも、ある一定の時期から、から騒ぎではないですが、不登校も茶化し、ギャグにし、きわめて不謹慎ですが、笑いのネタにしてました。つまり、学校に行かないことは、大したことじゃないやん、と振舞っておりました。娘も、そういう環境で、家族の中では、徐々に普通に話をしたり、冗談も言うようにもなりました。というのは、やはりコミュニケーションの道だけは途絶えないようにという思いからです。ウザガられるとしばらく口も利かなかったり、喧嘩をしたり、とにかく普通の生活をしていたように思います。親も子もへこまない!元気出して、ちょっとでも笑えたらええやんか。