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どん底だった不登校時代の資料をアップします。

Q-No.010879
2017/04/19 00:54
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父親が自宅のリフォームをするだとかで、処分品ということで私のところに昔のファイルなどが送られてきました。小学5、6年生、人生で最も苦しかった時期のものです。読んでみて、我ながら胸が痛みました。
現在私は、とっくに成人し、母親になっています。気持ちの整理をつけるため、そして僅かながら何かの参考になるかもしれないと思い、ここに記すことにします。

●作文●
「六年生になった日」
今日、六年生になりました。久しぶりに学校に行って、クラスの人たちに会いました。最初に男子に会って、一人と目が合ったけれど、気づかないふりをしました。
クラス替えはないし、転入生もいないから、六年生になって最高学年になっただけで特に変わったことはないと思います。
五年生の時、しばらく休んでいて、六年生になって久しぶりに教室に入ったので、席がわからなくて、どこに座っていいのかわからなくて、だれも教えてくれなくて、とても悲しかったです。
今年がんばりたいことは、悪口を言われても、一人になってしまっても、学校に行くことです。

「自分をほめる」
自分のことをほめる。と言われてもすぐには思いつきません。私はあまりほめられる方ではありません。漢字テストでよい点数だったとしても、母には、「練習しないのによくできたわね、見ただけでできちゃうなんていいわね」とほめられているんだかよくわからない言い方をされます。
習いごとのコーラスのときだって「(苗字)!もっとたくさん声だせ!」と怒られてしまいます。自分では、一生懸命歌っているのにと思っています。4年生くらいまでは「(名前)ちゃん、すごく上手になったね」とほめてくれたのですが・・・。
ゆいいつほめてくれるのが、バレエスタジオの先生です。発表会のリハーサルのときには「(名前)ちゃんがみんなの中で一番きれいにおどっているよ。みんなも(名前)ちゃんみたいにきれいにおどってよ」と言ってくれました。その時はとてもうれしくて、自分に自信を持ちました。やっぱり自信を持つとずっと上手になれて、堂々とできるんだと思いました。
今、自分をほめられることといえば、お金のムダ使いをしなくなったことです。一つ目は、ゲームセンターのゲームはいっさいやらないことです。二つ目は、借りられるものは借りることです。三つ目は、集めているものを安く買うことです。おかげでずいぶんお金を節約できるようになりました。われながら、えらいと思います。でも、母は大して気が付いてくれませんでした。さみしいです。
でも、自分が一番自分のいいところを知っているので、自分に自信をもって、自分をほこりに思って生きていきたいです。たとえ誰にもほめられなくても。

●担任が母親へ宛てた手紙●
前略
班の人に悪口を言われ、とても悲しい思いをしたことはよくわかります。席を変わりたいという気持ちもわかります。席を変えないと学校へ行かないと思うこともわかりますが、席を変えることで問題が解決するとは私には思えません。今までも席の問題ではありませんでしたが、同じようなことがありました。ひどく心が傷ついたこととは思いますが、いつでも自分がいやなことに関して、回りが改善したり、気を使いすぎたりしていくことは、本人にとって、けっして成長のために、良いことではないと考えます。もちろん、今回の場合、班の人たちの、悪口を言ったり、傷つけるような行為は改善していかなければならないと私も自覚しています。思いやりが出せる雰囲気をさらに作り広げていかなければなりません。回りが変わっていくことは当然必要なことですが、本人も変わろうとする気持ちもなければ解決していかないと思うのです。
先生が嫌いだから、先生はわかってくれないから、文句を男子が言うから、だから私は学校に行けないんだ。ということを正当な理由として認めすぎてはいけないと思います。自分の力で社会の中に乗り出していくことを期待し、援助していくことが大切なのではないでしょうか。
今、席を変えることは、本当に本人のためになるのでしょうか。今、本人の成長のために、何が必要なのでしょうか。連絡張を見て感じたことです。考えていかなければならないと思っています。

今後、ご主人もいっしょに話し合う期会が持てればと思っております。必要ならば、校長も同席致します。たくさんの方々の力をおかりしながらでも、本人がよりよく育っていくことができるように、少しでも具体的な解決策が出せ、対応できればという願い出いっぱいです。
敬具
(誤字はそのまま)


●母親のメモ(日記?)●
5月16日
娘が担任の悪口。
・ボクは細かくありませんと言いながら毎日忘れ物検査をして、カードにつける。
・ボクは他の先生と違って怒りませんと言いながら別室で激しく怒る。
・宿題をやっているかどうかは皆を信じているから見ないと言いながら、チェックする。娘が「どうして見るんですか?」と聞くと「どんなやり方をしているのかを見ている」と言った。

6月某日
校長より、父親と私の呼び出しをされるが、お断りをする。父は、社会性を最も大切に思っているから、私や娘には批判的であるため、校長からの話はまったくごもっともと受け取ることは目に見えていたので。母親としては、学校へ行ったり行かなかったりのストレスがかなりたまっている。

6月21日
娘は徹夜してた。翌日どうしてもプールに入ると言い張るので、プールカードに健康状態良好と「うそ」を書いてしまったので、学校に見学に行った。娘は元気だったけれど、校長に「おたくの娘はまわりに気をつかいすぎて、みんなが疲れる」と言われた。たしかに、そういう娘の状況でしたが、昔からではありません。その時そういう精神状態にしないと、自分自身がたもてないということなのに、この校長ちっとも分ってないわ、と腹が立つ。
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以降は、私の感じたことや考えたことをありのままに書くので、ご不快な方もいらっしゃるかもしれません。問題があれば削除致します。

両親は長らく不仲で、この2年後には別居し離婚しています。母親は、不登校の原因を学校の問題だととらえ、担任を替えるよう抗議し、いわゆるモンスターペアレント化していた様子です。校長や担任の言葉からわかるように、学校側にとって、私は、というより私と母親は、本当に居なくなって欲しい存在だったようです。
また私の母親は、学校と戦う健気な母親をやっているように見えるでしょうが、不登校になる以前より、家事のほとんどをしなくなっていました。そもそも、不登校になるきっかけは、体操服を洗濯していないから着るものがなくて行きにくいだとか、飲み屋に連れまわされたせいで宿題をやっていないから行きにくいだとか、お弁当の日なのに用意ができておらず行きにくいだとか、そういったことが始まりでした。私は不登校以前から男子を中心にとても嫌われていましたし、全体として殺伐とした校風でしたので、生活が整わずに落ち度を学校に持ち込むのは耐え難いことでした。
それから今回、リフォームがどうとかいうこちらに関係のない理由で、中身も確認せずにこうした資料をポンと送りつけてくる父親の無神経さも、当時の四面楚歌状態をよく思い出させてくれます。ちなみに、ずっと不仲だったのに、離婚は私の責任にされていました。離婚できなかったのも私の責任でした。大学入試の前日に呼び出され、応援かしらと思ったら、再婚発表をされました。学費の件で不安になり、母親に伝えたところなぜか私と大喧嘩になり、徹夜して入試に向かいました。合格。やっと親から離れることができた証ではないかと思います。養育費も学費も、高校生から私が管理していました。

私の作文は、学年にしては幼い文体ながら、素直な気持ちがしっかり書かれ、悲しみがよく伝わり、どことなく美しいとさえ感じました。よく自分を守ったねと、ほめてくれた人を思い出しますが私もそう感じます。
私は、今日、誇れる学と、優しく努力家な夫と、素晴らしい子供と、ほどほどのお金(?)を携え、着実に暮らしています。それでも、不登校をして良かった、あの時期が私を成長させてくれたとは微塵も思いません。私が不遇であったと私自身に証明し続けるためにも、これからも真剣に生きていきます。



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Answer

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A-No.027200
2017/04/20 11:20
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アレオパギタさん、はじめまして。「よく自分を守ったね」と思われるお気持ちが伝わります。私もそう感じました。不登校の子どもを持つ親としてアレオパギタさんがお辛かったご自身の経験をここに共有いただいた意味をしっかりと受け止めたいと思います。ありがとうございます。
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お礼 はじめまして、コメントありがとうございました。
お礼が遅くなりまして、申し訳ございません。私にとっては遠い記憶になりつつありますが、今まさに苦しんでいる方々がいらっしゃると思うと胸が痛みます。どうぞご自愛くださいませ。



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A-No.027185
2017/04/19 03:37
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アレオパギタさん、目が覚めてしまった真夜中に書き込みしています。
小学校高学年は女の子が多感な時期。両親の不仲、お母様自身のメンタルの問題の渦に巻き込まれ辛かったのだろうと想像します。

人間、辛い経験から学び人生を切り開く底力がある…不登校経験者の話を聞く度そう感じます。

先生の言動には若干矛盾があったのかもしれませんが、手紙の内容から常識的な判断をする先生と感じました。習い事でアレオパギタさんの努力を認めて下さった先生がいた…自分で自分を認められたからこそ、心身の健康を取り戻したのですね。
私自身も成長過程では決して平坦ではなく、たまたま早くに自分を変えたいと気づいて意識したから今があると思ってます。ただ、子育ての中でもしかすると自分のように苦しませまいと先回りしてきたのかもしれません。子供は可愛い。学校に行けなくても、一緒に隣でテレビを見て笑う息子は愛おしいです。
苦しむ姿は見たくないけれど、誰もが通る自立への道を見守って、大丈夫とそっと背中を押してやりたい…今一度、本人の生き抜く力を信じたいと思った次第です。
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お礼 はじめまして。コメントありがとうございました。
不登校は家庭の問題で、担任は常識的な対応であったと感じられたのですね、勉強になりました。今回、担任からの手紙を初めて読み、また校長の言葉などを知り、やはりつまるところ「勝手に傷つくオマエが悪い、オマエさえいなければすべて平和的で何の問題もないのに・・・」という怒りを向けられているように感じました。一方、家庭では、私のせいで離婚するだとかできないだとか揉めていて。針の筵。ここから生き延びているのは、私がある種の図々しさを持ち合わせていたからでしょう。(やはりそうだからこそ不登校だったのかしら?笑)
心身の健康を取り戻したのは、大学入学から徐々にで、何年もかかりました。よき出会いや環境が少しずつ元気を与えてくれたと思います。

長い戦いにならないことをお祈り申し上げます。